
第2図 非石油由来モノマー比率による屈曲性への影響
近年、気候変動や環境保護の観点から、持続可能な社会の実現が世界的な目標となっている。2015年に採択されたパリ協定では、温室効果ガスの排出削減を通じて、地球温暖化を産業革命以前の水準から2℃未満に抑えることを目指しており、さらに日本は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言している¹⁾。
カーボンニュートラルを実現する方法の1つに、石油の使用量を低減することが挙げられる。石油は主にプラスチック製品の原料として多く使用されている。プラスチック製品は、成型しやすく軽量であるといった利点があり、自動車の内外装部品や家電製品の筐体など、長期的に利用される製品から、包装材やボトル容器、ビニール袋に代表される短期間で消費される製品まで、日常生活のあらゆる場面で目にしない日はないほど、幅広い分野で大量に使用されている。これらプラスチック製品の石油使用量を減らすために、バイオマス材料を使った製品として、包装材やビニール⁾袋等で先行して導入が進んでおり、自動車や家電部品においても普及し始めている²⁾。
塗料業界においても、石油由来材料の使用比率を減らした非石油由来塗料が注目を集めており、焼却時の環境負荷を低減できると期待されている。一方でバイオマス樹脂などの非石油由来材料は、石油由来の合成樹脂に比べて、塗膜性能を発現し難く、コストが高いことが普及の妨げの一因になっている。
そのような背景の中、当社では塗膜性能とコストとのバランスを取りつつ、顧客要望に応じた非石油由来度を設定できる塗料の開発を行った。本稿では開発した非石油由来塗料シリーズについて述べる。
塗料は、塗膜を形成する固形分と、有機溶剤のように塗膜形成までに揮発する成分から構成されている。一例として、当社溶剤1液タイプ黒色塗料の構成成分とその割合を第1図に示す。
塗膜の主成分である樹脂は、耐候性や耐久性、耐薬品性、柔軟性等の塗膜性能が求められるため、当社では主にアクリル樹脂を使用しており、それらは石油由来原料から合成されるものが多い。そのため、要求性能は担保しつつ、塗膜の主成分である樹脂を非石油由来材料に置き換えることが、塗料の二酸化炭素排出量の削減において重要である。
第1図 塗料および塗膜の構成成分比率
非石油由来樹脂には、植物油を原料とした植物油由来樹脂、セルロース系樹脂、バイオマスアルコール由来のモノマーを重合した非石油由来アクリル樹脂等がある。各種非石油由来樹脂の特徴を第1表にまとめた。
第1表 各種非石油由来樹脂の特徴
種類 | 特徴 | ||||
---|---|---|---|---|---|
付着性 | 薬品性 | 柔軟性 | 非石油由来度 | コスト | |
植物油由来樹脂 | △ | × | ◎ | ◎ | ◎ |
セルロース系樹脂 | △ | ◎ | △ | 〇 | △ |
非石油由来 アクリル樹脂 |
△~〇 | 〇 | 〇 | △ | × |
植物油由来樹脂には、大豆油や菜種油のようにカルボン酸を有するものや、ヒマシ油やカシューナッツシェルリキッドのように水酸基を有するものがある。特に水酸基を有する樹脂は、イソシアネート樹脂と反応させることで、プラスチック用塗料で汎用的に使用されている2液タイプの塗料として使用可能である。
セルロース系樹脂は木材や植物を原料とした樹脂で硝化綿やセルロースアセテート等のセルロース誘導体として上市されている。一般的に剛直な構造でガラス転移温度が高く、耐薬品性に優れるが、柔軟性がないため塗膜が割れやすいといった特徴がある。
近年、非石油由来モノマーを重合したアクリル樹脂の開発も進み上市され始めている³⁾。第2表に現在上市されている代表的な非石油由来モノマーを示す。これら非石油由来モノマーは、バイオマスアルコールを原料とした、アクリル酸やメタクリル酸のエステル化合物である。第2表の通り、非石油由来モノマーはさまざまなガラス転移温度や非石油由来度の特徴があり、塗膜性能や非石油由来度を考慮したアクリル樹脂の設計が可能。塗料設計にあたり1液タイプは主樹脂に非石油由来アクリル樹脂と、副樹脂として耐薬品性に富むセルロース系樹脂を用いた。2液タイプは、前述のアクリル樹脂、セルロース系樹脂に加え、非石油由来度を高くするため植物油由来樹脂を併用した。
第2表 代表的な非石油由来モノマー
モノマー名 | 側鎖 | 非石油由来度 | ポリマーガラス転移温度 |
---|---|---|---|
イソボルニルアクリレート | ![]() |
76% | 94℃ |
イソボルニルメタクリレート | 71% | 180℃ | |
ラウリルアクリレート | ![]() |
80% | -23℃ |
ラウリルメタクリレート | 75% | -65℃ | |
ステアリルアクリレート | ![]() |
85% | 30℃ |
ステアリルメタクリレート | 81% | 38℃ | |
オクチルアクリレート | ![]() |
72% | -65℃ |
テトラヒドロフルフリルアクリレート | ![]() |
62% | -12℃ |
テトラヒドロフルフリルメタクリレート | 55% | 60℃ | |
イソアミルアクリレート | ![]() |
62% | -45℃ |
バイオマスプラスチック普及活動を行っている日本バイオプラスチック協会(JBPA)が認定している「バイオプラマーク」の取得にはバイオマス度25%以上が必要であることから⁴⁾、塗膜の非石油由来度においても25%以上を目標として設定した。2液タイプは非石油由来アクリル樹脂や水酸基を有する植物油由来樹脂に加えて、硬化剤であるイソシアネート樹脂と、選択肢が豊富なため、非石油由来度を重視したタイプから、コストを重視したタイプまで顧客要望に合わせた提案ができるように開発を行った。
なお、塗膜中の非石油由来度は下記式で算出した⁵⁾。
非石油由来度(%)=塗膜中の非石油由来炭素量(g)/塗膜中の全炭素量(g)
主樹脂に用いるアクリル樹脂は第2表に示した非石油由来モノマーを用いて設計を行った。非石油由来度と物性への影響を確認するため、アクリル樹脂の分子量を合わせ、石油由来モノマーに対し非石油由来モノマー比率を増やした場合の樹脂性状や塗膜物性への影響を評価した。非石油由来モノマー比率変更において、特に屈曲性と粘度への影響が顕著で、特徴的な結果となった。それぞれ第2、3図に示す。またその他樹脂特性の変化を第3表に示す。なお屈曲性評価は第4図の方法で行った。
第2図 非石油由来モノマー比率による屈曲性への影響
第3図 非石油由来モノマー比率による粘度への影響
第3表 非石油由来モノマー比率による樹脂特性変化(基材:ABS)
No. | 1 | 2 | 3 | 4 |
---|---|---|---|---|
非石油由来 モノマー比率 |
小 | ![]() |
多 | |
粘度M型粘度計 60rpm |
大 | ![]() |
小 | |
屈曲性 | 良 | ![]() |
悪 | |
付着性 1mm碁盤目 |
剥離無し | 剥離無し | カケ有り | 剥離 |
セルロース系樹脂との 相溶性 |
良好 | 良好 | 良好 | 不良 |
第4図 屈曲性評価試験
非石油由来モノマー比率が増えるに伴い、粘度が低下し、付着性、屈曲性も低下した。これは嵩高い非石油由来モノマーの増加によって、アクリル樹脂の凝集力が低下したためと考える。加えて、セルロース系樹脂との相溶性も非石油由来モノマー比率が多いほど悪くなる傾向であった。セルロース系樹脂との相溶性を有する樹脂No.3の凝集力向上を目的に高分子量化した樹脂を検討した。アクリル樹脂の分子量による屈曲性と粘度への影響をそれぞれ第5、6図に、樹脂特性の変化を第4表に示す。
分子量が増加するにつれ、付着性、屈曲性がともに良化した。これは分子量を上げることで、狙い通り分子同士の絡み合いが強くなり、凝集力が向上したためと考える。分子量を上げてもセルロース系樹脂との相溶性は良好であり、この時の塗膜の非石油由来度は40%と目標値以上であった。
第5図 アクリル樹脂の分子量による屈曲性への影響
第6図 アクリル樹脂の分子量による粘度への影響
第4表 アクリル樹脂の分子量による樹脂特性変化(基材:ABS)
No. | 3 | 3-1 | 3-2 | 3-3 |
---|---|---|---|---|
分子量 Mw | 小 | ![]() |
大 | |
粘度M型粘度計 60rpm |
小 | ![]() |
大 | |
屈曲性 | 悪 | ![]() |
良 | |
付着性 1mm碁盤目 |
カケ有り | カケ有り | 剥離なし | 剥離なし |
セルロース系樹脂との 相溶性 |
良好 | 良好 | 良好 | 良好 |
次に2液タイプの樹脂設計について述べる。2液タイプは、顧客のさまざまな要望に応えるため、何を重視するかによる設計をした「非石油由来度重視型」、「バランス型」、「価格重視型」の3つの型について述べる。
非石油由来度重視型は従来の石油由来塗料と同等の塗膜性能を持ちながら、非石油由来度50%以上を目指した。
非石油由来度重視型の主樹脂には1液塗料の樹脂設計で得た知見を生かし、アクリル樹脂に水酸基を付与した非石油由来アクリルポリオールを設定した。硬化剤であるイソシアネート樹脂にもトウモロコシの非可食部分を原料とした製品が各社から上市されており⁶⁾、これを用いた。さらに非石油由来度を向上させるため、副樹脂として非石油由来度の高い植物油由来樹脂を構成成分に加え配合を検討した。
カシューナッツシェルリキッドやヒマシ油といった植物油を原料としたポリエステルポリオールは種類が多く、水酸基価、非石油由来度が高いのが特徴である。そこで付着性や薬品性に強い非石油由来アクリルポリオールと非石油由来度が高く、柔軟性に富む植物油由来ポリエステルポリオールを併用することで、従来の塗膜性能を保ったまま、非石油由来度が高い塗料の樹脂設計が可能と考えた。
第5表に非石油由来アクリルポリオールと植物油由来ポリエステルポリオールの比率による塗膜性能を示す。非石油由来アクリルポリオールの比率が多いと、付着性、耐薬品性は良好だが、一方で屈曲性や耐冷熱サイクル性など塗膜の機械特性が低い結果であった。ここに植物油由来ポリエステルポリオールを配合することで、塗膜の機械特性が向上し、非石油由来度も目標を大きく超える60%を達成した。
第5表 非石油由来アクリルポリオールと植物油由来ポリエステルポリオールの比率による塗膜性能変化(基材:ABS)
非石油由来 アクリルポリオール |
多 | ![]() |
少 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
植物油由来 ポリエステルポリオール |
少 | ![]() |
多 | |||
非石油由来度(塗膜) | 40% | 50% | 55% | 60% | 65% | |
付着性 1mm碁盤目 |
剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | |
耐湿性 60℃98%RH×120h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | |
屈曲性 100mm以上 |
ワレ | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | |
耐冷熱サイクル性 (-20℃×4h→70℃×4h) 4サイクル |
ワレ | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | |
耐薬品性 市販の日焼け止めクリーム 1g/100cm2 60℃×3h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 変色 |
非石油由来アクリルポリオールを用いることで非石油由来度60%を達成したが、原料である非石油由来モノマーは、従来の石油由来モノマーに比べまだ需要量が少なく、石油由来のアクリル樹脂と比較するとコストが高いのが現状である。そのため、コストと非石油由来度の両面で顧客にメリットを感じていただけるよう、バランス型を検討した。既存の石油由来のアクリルポリオールに対し、副樹脂として非石油由来度の高い植物油由来ポリエステルポリオールを配合することで、コストと非石油由来度のバランスをとった樹脂設計とした。石油由来のアクリルポリオールに対し、植物油由来のポリエステルポリオールを配合した場合の塗膜物性を第6表に示す。
両樹脂種や比率を検討した結果、塗膜の非石油由来度30%でも塗膜物性良好であった。これによりコストを抑えつつ、非石油由来度が25%以上を超える塗料を開発することができた。
第6表 石油由来アクリルポリオールと植物油由来ポリエステルポリオールの比率による塗膜性能変化(基材:ABS)
非石油由来 アクリルポリオール |
多 | ![]() |
少 | |
---|---|---|---|---|
植物油由来 ポリエステルポリオール |
少 | ![]() |
多 | |
非石油由来度(塗膜) | 40% | 50% | 55% | 60% |
付着性 1mm碁盤目 |
剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし |
耐湿性 60℃98%RH×120h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし |
耐薬品性 日焼け止めクリーム 1g/100cm2 60℃×3h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 変色 |
顧客の中には、現行使用している塗料仕様をできるだけ変更することなく、非石油由来に置き換えたいという要望もある。そこで現行使用いただいている塗料主剤に、前述した非石油由来のイソシアネート樹脂を組み合わせることで、塗装作業性を大きく変えることなく、手軽に非石油由来度を高めた塗膜の提供が可能となった。
第1図で述べた通り、塗料の80%以上は揮発成分である有機溶剤が占めており、大気中で酸化され、最終的に二酸化炭素となるため塗膜成分と併せて対策が必要である。多くの溶剤は石油由来の原料から製造されるが、一部非石油由来の溶剤が上市されている。現在上市されている非石油由来溶剤の一例を第7表に示す。
当社の非石油由来塗料やシンナーにおいても、非石油由来溶剤の検討を行っており、順次それらの溶剤を配合した製品を市場に投入していく予定である。
第7表 非石油由来溶剤
物質名 | 沸点 | 原材料 | ||
---|---|---|---|---|
酢酸エチル | 77℃ | サトウキビ | ||
エタノール | 78℃ | トウモロコシ | ||
酢酸ブチル | 126℃ | サトウキビ | ||
3-エトキシプロピオン酸エチル | 170℃ | 一部バイオマス原材料を使用 | ||
各種パラフィン系溶剤(ブタン~オクタデカン) | -0.5~317℃ | パーム、ジャトロファ |
塗膜を着色する目的で配合する顔料や、その顔料の分散を補助する分散剤、塗膜表面のレベリングを向上する表面調整剤等の添加剤も非石油由来の製品が上市されている。一例として顔料では、植物油やもみ殻が原料のカーボンブラックがあり、添加剤ではパーム油やヤシ油由来の分散剤がある。
また、塗膜の強度を上げる用途で使用される体質顔料として、卵の殻や牡蠣殻由来の炭酸カルシウムが上市されており、捨てられていたものを再利用することでもまた違った側面で環境配慮に貢献できると考える。
新規開発した非石油由来塗料それぞれの塗膜物性を第8表に示す。本結果から、これらは幅広い非石油由来度を有しつつ、既存の石油由来塗料と同等の塗膜物性を有している。また、意匠性においても第7、8図に塗装品を示す通り、従来の石油由来塗料と同等であることを確認している。現在ご使用いただいている塗料を、塗膜性能や色をそのままに非石油由来塗料への置き換え提案も可能と考える。
第8表 開発品と性能(基材:ABS)
評価条件 | 1液タイプ | 2液タイプ | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
石油由来 塗料 |
非石油由来 塗料 |
石油由来 塗料 |
非石油由来塗料 | ||||
価格重視型 | バランス型 | 非石油由来度重視型 | |||||
非石油由来度(塗膜) | 0% | 40% | 0% | 10% | 35% | 60% | |
付着性 1mm碁盤目 |
剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | 剥離なし | |
耐湿性 60℃98%RH120h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | |
耐薬品性 日焼け止めクリーム 1g/100cm2 60℃3h |
異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | 異常なし | |
耐アルコール摩耗性 消毒用エタノール 1kgf/cm² |
素地露出なし | 素地露出なし | 素地露出なし | 素地露出なし | 素地露出なし | 素地露出なし |
第7図 非石油由来塗料1液タイプ(左:石油由来 右:非石油由来)
第8図 非石油由来塗料2液タイプ(左:石油由来 右:非石油由来)
カーボンニュートラルの実現に向けて温室効果ガス排出量削減への対応は今後も重要度が増えていくと考えられる。プラスチック向け塗料においても、この流れに沿った対応や製品開発が求められ、今回開発した非石油由来塗料で、CO2排出量低減を実現するだけでなく、各顧客の要求に応じた意匠性、塗膜性能、コスト、作業性を満たす提案を行い、顧客の多様な要望に対応していきたい。
今後、より高い非石油由来度を有する塗料製品の開発や、リサイクル材料を用いた塗料製品の開発等、カーボンニュートラルな社会実現の一助となれるよう、製品開発に取り組んでいく。
執筆:ケミトロニクス事業部 笹原 新平
月刊『塗装技術』2024年12月号掲載(コーテック株式会社発刊)
《参考文献》